春の兆しが訪れる3月、カリフォルニアは“バッドブレイク(Bud Break)”のシーズンを迎えます。

バッドブレイクとは、ブドウが芽吹くことを意味し、新たな収穫年の幕開けで最もワクワクする瞬間です。

ブドウの樹はその年に熟す実を育むかたわら、翌年の収穫を左右する生育の源を蕾(=Bud)の中につくります。そして冬の休眠期間、ブドウは小さな蕾の中に、枝葉や果房となる細胞を大切に温存し春を待ちます。この驚くべき自然の仕組みは、精密な時計のように命の襷を確実に繋げているのです。

満を持して萌芽し、新しい収穫年度になると、ワイン関係者たちは新しいヴィンテージの成功を心から祈ります。大切な節目での成就を願い、新たな道のスタート地点に立つ卒業式のように、ブドウ畑の萌芽に心からのリスペクトを込めて。

バッドブレイクから5月中旬まで、特に霜が降りやすい平地では、柔らかな新芽を霜から守るため“フロストプロテクション”と呼ぶ防霜管理が必要です。こうしたテロワールのブドウ園では、霜が新芽を凍らせ破壊する“フロストダメージ”が起きないよう、早朝にスプリンクラーでの散水や送風ファンによる空気攪拌などで温度の降下を防ぎます。

そのため、この時期のブドウ栽培家は、夕方の空と天気予報に神経を集中し、霜の警報とともに明け方のブドウ園を駆け回り、新たな収穫年に旅立った新芽を愛おしい我が子のように守ります。

ブドウの樹が繋ぐ命の軌跡、バッドブレイク。そして、その樹が生えている大地が起こす自然との対峙、フロストプロテクション。生命と自然をリスペクトして創られるカリフォルニアワインと共に、今宵も是非最高の時間をお過ごしください。

●文:川邉久之(ワイン醸造技術管理士)